滞在八日目 8月2日
神着の住人、中川彩さんのところに穴原奈都さん、上地里佳(三宅島大学スタッフ)さんと行ってきました。
中川さんは保育園で働きながら、糸つむぎや編み物などで服や敷物などなんでも自分でつくってしまう人で、神着の家は中川さんのアトリエのような雰囲気です。
貝殻と流木のモビール
そのモビールが作れるキットをパッケージングして商品化していました。いっこ500円
敷物
カーテン
なんと中川さん、羊の毛を刈るところからやっています
いまの家には羊はいないんですが、近い将来庭で羊を飼いたいとのことでした
この凧は島の人から教わってつくったそうです
これは炭です。伊豆避難施設の管理人でもある正長さんから炭焼きを教わったそうです
そんな中川さんと、奈都さん、上地さんと僕の4人で三宅島大学のことについていろいろとお話ししました。
奈都さんが考えている三宅島大学のイメージを聞く事ができました。
島では後継者にこまっているところがたくさんあって、いまはなんとかなってるけど、将来どうすんの?ということがたくさんあるようです。
・島ではかつて椿油をつくっていたそうですが、いまはやる人がいなくて、その機械が倉庫に眠っている
・民宿の後継者不足(後継者がいないため改装もできない)
・やる人がいなくなったため、明日葉など使われなくなった畑がたくさんある
こういったことや、三宅島大学がアートプロジェクトであるということをふまえて、
・美術(アーティストによる作品制作。もちろんこのなかにも島の工芸や産業に関わってくるプランはあると思います)
・工芸(金沢さんの「三宅島焼」のようなプロジェクトから、貝がらのモビールやストラップづくり、竹籠づくりなど島民による指導も)
・島の産業(あしたばなどの畑づくり。天草とり。椿油づくり。民宿の経営など)
など、「大学」を構成する大きな柱がいくつかあって、それらが「三宅島大学」という名の下に複合的に進んで行くようなイメージが話の中で生まれてきました。
また、島に長く滞在する人を増やすために、島にたくさんある空き家をゲストハウスとして利用するシステムを考えたいとも言っていました。空き家といっても、大家さんはどこの馬の骨ともわからんやつに家を貸そうとは思うわけがないので「三宅島大学の学生です」という言葉が島の中で信頼できる共通の言語になってくれれば、初めての人でも空き家(三宅島大学ゲストハウス)に泊まれるようなしくみができるだろうし、新しく島外からきた人と島民が自然に関わっていけるようになるんじゃないかと思います。
「三宅島大学」にはアートプロジェクトというやんわりした側面と、産業復興というお金が絡んでくるシビアな側面の二つがあると思います。あるいは産業復興も含めてのアートプロジェクトという言い方もできるかもしれませんが。
なのでこの二つの側面がうまく組み合わせられれば、ものすごく面白いプロジェクトになるんじゃないかと。
例えば奈都さんがずっとやってきた「海の教室」のようなプログラムは、本土からたくさんの人が三宅島にくる機会になっています。そういう人達(海の教室を目的に来た方々)に「三宅島大学」の他のプログラム(三宅島大学の学生になれば使える宿泊場所が用意されていて、そこに住みながら島民と関わる事ができるような工芸や産業のプログラム)も案内できれば、次は海の教室じゃなくて三宅島大学の学生として来てみよう、といった人の流れができるかもしれません。
また逆に、アートプロジェクトとしての三宅島大学に興味をもった人達(例えば誰かアーティストの作品発表があるから、あるいはシンポジウムがあるから来たという方々)が来た時に、海の教室や島の工芸などの講義が案内できれば、それに興味を持って引き続き三宅島に関わってみようという人の流れができるかもしれません。
いずれにしても、三宅島大学学生のためのゲストハウスや泊まる場所の確保が必要だと思います。
手始めに日替わり講義週間というのをつくって(初日は焼きもの、2日目はスノーケル・シーカヤック講座、3日目は炭焼き、4日目はアーティストによるワークショップ...といった感じ)、その一週間だけ空き家を貸してくれる人を探すというやりかただったらやりやすいんじゃないかなと思いました。
だれかやりませんか。 笑
村上慧
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