2011年8月17日水曜日

滞在十七日目

滞在17日目(最終日) 8月11日

今日の午後には三宅島を出発します。
午前中、役場の方の案内で三池地区の解体予定の物件を見せてもらいました。












ここ三池地区は、噴火以来ずっと居住することは禁止され、今年になって条件付きで住んでもいいことになったんですが、いまさら住むという人も少ないので、人気が無く家だけが残っている不思議な空気の漂うまちです。
なのでそんなまちで解体される家の資材を使ってなにかできればいいなと思い、物件を見せてもらいました。














































































































これらの廃材は、解体されたあとは処分されてしまいます。いますぐ何かに使うアイデアがあるというわけではありませんが何か活かす方法はあると思います。



見学させてもらったあと、しばらくして三池港に船が来ました。
上地さんと役場の方が見送りに来てくれていました。















船が港を離れる時、人の顔がわからなくなってから、突然「島」としての三宅島が現れる感じが、たまらんです。これから「帰る」はずなんですが、「帰る」という感情はあんまりなく、どこかに行くという気持ちが強いです。不思議な気持ちでした。















とにかくこれで、三宅島滞在vol.1はおしまい。これから帰って、僕が三宅島に何を仕掛けられるか考えます。半月間もいたので、本土に帰って頭を冷やして考えたいと思います。



おしまい
村上慧

滞在十六日目

滞在16日目 8月10日













いよいよ滞在も残り1日になりました。
今日は、バス&徒歩で島を一周してこの半月間お世話になったみなさんに挨拶して回りました。

実は、6月に三宅島に来た際にお世話になった方に今回挨拶しそびれて、滞在10日目くらいのときに会えたんですが「挨拶もなしかよー」ということを言われ、ちゃんとしておけばよかったと後悔しました。
お世話になった人にはちゃんと挨拶しないといけないのだと、改めて思いました。僕は普段は東京に住んでいて、ご近所に挨拶もしますが、この島ではみんながご近所のような感覚なんだと思います。島に来ているのに、あるいは出て行くのに挨拶がないというのは、こっちの感覚で近所に越して来たのに挨拶もないという感じなのかなと思います。それで気にする人もいるし、気にしない人もいます。
これは島ならではの空気だと思います。人口の少ない島なので、僕が来ているということは、そのうち噂で耳にするんでしょうが、それを聞く前に僕本人から「来ました」と言われた方が嬉しいはずです。そりゃそうです。

三宅島にいると、海や畑や人との関係など基本的なことを改めて学べます。
いや学ぶというよりは、思い出す。という感じが近いかもしれないです。


おしまい
村上慧

滞在十五日目

滞在15日目 8月9日

富賀神社大祭6日目 坪田→富賀神社(還幸祭)













御神輿と二宮神社













今日は富賀大祭最終日。坪田から富賀神社に御神輿が納められる日です。
坪田の衆は二宮神社に9時半に集合しました。

























今日は、小学生神輿と保育園神輿もでるそうです!

前日の筋肉痛が全く治っていない状態で、普段の歩行もままならない状態でしたが、不思議とみんなと一緒に担いでいると、筋肉痛が気にならなくなります。午前中はなんとか担ぎました。
二宮神社を出発して、坪田漁港の方に行って公民館の前に戻って来て、午前中は終了です。公民館でみんなで昼食をとります。もちろんお酒も並べられています。

13時45分から再び担ぎ出し、16時には富賀神社に着くように移動します。僕は三宅島大学メンバーの見送りのために一旦抜け、富賀神社で合流しました。



















富賀神社には鳥居が三つあり、2番目までは誰でも入る事ができますが、3番目の鳥居は島に住民票のある、限られた担ぎ手しか入る事ができません。
他の人は鳥居の外から見守ります。

16時ぴったりに三番目の鳥居を神輿がくぐり、三回揉んだあと、神社に納められました。


























神輿は装飾と担ぎ棒が外され、中に納められます。神輿から外された担ぎ棒は4m以上ありました。

そのあとは、公民館で宴会です。

























胴上げイベントもありました。みんなとても充実した表情で話していました。

宴会のあとは、東海汽船で働いている方に車で「髪や」さんと「沙梨」に連れて行ってもらい、挨拶して帰りました。

手摺が無いと階段をおりられないほど、太ももにキてます。

おしまい
村上慧






滞在14日目

滞在14日目 8月8日













富賀神社大祭5日目 神着→坪田
お祭りに向けて、坪田の公民館の前ではたくさんの大漁旗が掲げられていました。


























公民館のすぐまえには、神輿が納められる「二宮神社」があります。坪田軍団はここに昼の2時に集合して、みんなで神社にお参りしたあと出発しました。僕は坪田の方からハッピを借りて、坪田軍団と一緒に行動しました。

まずは神着から神輿を受け取るため、みんなでバスで移動。車内の会話には「今年人数少ねえよー、阿古と変わんないよ」という声が聞こえていました。

神着との引き渡し場所に着いて、しばらく待っていると向こう側から神着の神輿が近づいて来ました。
やはりひょっとこが出て来て、こっちを挑発しているように見えます。

御神輿が道路の真ん中に置かれ、拍手がありました。しばらくすると坪田軍団立ち上がり、いっせいに神輿の方へ走っていきます!
僕も一緒に走っていくと、向こう側からも神着軍団が凄い勢いで走って来ます。それを見て僕は正直かなりビビって後ずさりしましたが、うしろから「行け!行け!」という声が聞こえたので、「行っちまえ!」と思って突っ込んで行きました。
坪田の衆2,3人と一緒に突っ込んだんですが、まとめて神着の衆に倒されました。僕も倒されました。そして「神着なめんじゃねえよ!」と叫びながらさらに攻撃をしてきたので、僕は「これはたまらん」と思い、すぐに立ち上がって後ろに逃げました。
しかし、僕が後ろに逃げてすぐに、「もうやめ!やめやめ!」という声がどこからともなく聞こえてきました。すると今まで喧嘩していた神着と坪田の人達が肩を組んだり抱き合ったりして「ありがとうー」と声を掛け合っていました。面白い祭だなと思いました。

さて神輿を受け取った坪田の衆は、坪田地区内で明日まで担ぎます。御神輿は基本16〜18人で担ぐようです。担ぎ手を交代しながらまちを練り歩きました。最近は担ぎ手も減っていて、どうしても人数がまわらないので途中でトラックを使っているようです。僕も一緒に担ぎましたが、かなりきつい運動です。ただ担いで歩くだけではなくて、時折「揉む」と呼ばれる動作(神輿を担いだまま担ぎ手がスクワットするような動作)をするので、それがとてもきついのです。
よく聞き取れなかったところもありますが、どうやら下のようなかけ声で神輿をもんでるようです
拡声器「みやけぇ~にい~栄え~あぁ~れぇえ~よぉ~」
担ぎ手「うぉ~お~えぇ~い、いぇ~えぇ~、わっしょい!わっしょい!わっしょい!わっしょい!わっしょい!」


そんな様子で午後6時過ぎまで担いで、二宮神社に納めようとするんですが、「まだだ!」と踏ん張る衆もいて、しばらく二宮神社の前で揉んだあと、ようやく納められました。















担いだあとは、公民館で宴会が開かれます。
坪田地区では盆踊り、宵宮はないそうです。(そのかわり、お盆(8月13、14日あたり)に盆踊りが旧坪田小学校の校庭で行われるようです)


今日はとにかく疲れました。階段を上るだけで太ももが痛いです。こんな様子で明日も担げるのか!


おしまい
村上慧

滞在十三日目

滞在13日目 8月7日

















































午前中、御祭神社を見に行きました。伊豆の森の奥まったところにある、神聖な雰囲気の神社。毎年1月初めに男性の象徴をぶら下げながら神子が舞う不思議な神事があります。




富賀大祭4日目 伊豆→神着
昼過ぎ、他の三宅島大学メンバー数人と合流して伊豆→神着の引き渡しを見に行きました。












神着への引き渡し場所に向かう伊豆軍団














神着軍団の陣営ではひょっとこが2人出て来て、伊豆の御神輿を挑発しているように見えます














これは引き渡しの直前の写真。お客さんもいっぱい














引き渡しはあっという間でした。少し取っ組み合いはありましたが、阿古→伊ヶ谷の喧嘩ほど激しくはなかったです。むしろ伊豆軍団と神着軍団で抱き合っている人達のほうが多かったように見えました。

御神輿の引き渡しはどの地区でも、16時ジャストに行われます。最後に坪田地区が富賀神社におさめるのも16時ジャストなので、各地区ちょうど24時間ずつ神輿を持っていることになります。この"16時"という時間は正確に守られているようです。




























御神輿は神着地区内で1時間ほど練り歩いたあと、御笏神社におさめられました














御神輿を神社の本堂に入れるために担ぎ棒を外してます













夜は御笏神社境内で盆踊りが行われました。三宅島大学メンバーのみんなも島民に混じって踊る













神着地区は若い衆がまとまっていて、地区に一体感があるように思いました。翌日の神着→坪田の引き渡しに向けて、気合いを入れている感じ


僕は明日から、坪田地区の一員として神輿を担ぎます。神着→坪田は、富賀神社大祭のクライマックスで、例年もっとも激しい引き渡しになっているそうなので緊張してます。

おしまい
村上慧

2011年8月7日日曜日

滞在十二日目

滞在12日目 8月6日

富賀神社大祭3日目 伊ヶ谷→伊豆

の日ですが、引き渡しの場所がわからず迷ってしまった等の原因で見られませんでした。。写真をお見せできず申し訳ない。。
目撃した人の話によると、阿古→伊ヶ谷の時とはうってかわって平和なものだったようです。伊豆と伊ヶ谷は仲が良いらしく、毎年喧嘩にならずに引き渡されるそうです。

やはり1番見応えのある引き渡しは8日の神着→坪田のようです。2地区とも人口が多く好戦的だそうです。














夕方、神着の御笏神社でやっている太鼓と盆踊りの練習を見てきました。





























































神着地区の太鼓は、5地区のなかで最も見応えのあるもののようです。地面に近い位置に置かれた太鼓を、腰を落として打つさまはとてもかっこよいです。













昨日から三宅島入りしている安野太郎さんが解析していましたが、フレーズの切れ目で叩き手がすっと交代して、切れ目を作らない工夫がされてます。


























続いて盆踊りの練習です。曲目は、三宅島オリジナルのものが(みやけよいとこ~ のような歌詞)2つほどあって、あとは東京音頭や秩父音頭など、本土ではお馴染みのものです。




夜は、宵宮に行きました。宵宮とは、自分の地区の神社に御神輿が納められた日の夜に行われるお祭りです。盆踊りもこの日が本番です。今日は御神輿が伊豆に納められているので、伊豆で宵宮がありました。























































驚いたのは出店の価格設定!なんと生ビール100円、焼きそばは無料です。どの地区の宵宮もそうなのでしょうか!?
となりにいたおばちゃんは「伊豆太っ腹だねえ」と言っていたので、もしかしたら伊豆独特の設定なのかも。とにかく嬉しいかぎりですね。


おしまい

村上慧